4人が本棚に入れています
本棚に追加
/15ページ
だが、それは到底いつも目にしているものでは有り得ない。
光を透過するインテリアじみた灰皿に、赤がこびりついている。それは、まさに私の左手を濡らしたものと、寸分の違いもない濃赤色。
明らかに、灰皿が本来の用途とは違ったことに使われた形跡だった。
「おじさんは、この灰皿の赤いものが何だか分かる……?」
血だ。間違いない。
しかし、少女を前にして、私は答えられない。胃が重い。
沈黙を守る私に、少女は質問を重ねる。
「おじさんは、出掛ける前に何をしていたの?」
出掛ける前に何をしていたか。
思い出せない。思い出そうとすると、それが禁忌に触れる行為であるとでも言わんばかりに、無意識の私は記憶を閉ざす。
胃が、重くなる。
「おじさんは、灰皿を何に使ったの?」
血。間違いない。私自身が無傷ならば、無言の灰皿が語るのはもう一つの可能性。
胃が、重くなる。
最初のコメントを投稿しよう!