76人が本棚に入れています
本棚に追加
涼やかな森の中。
そんな森の奥にひっそりと建っている、小さな家があった。
少し前まで、そこには紅瞳の少女とその両親が仲良く暮らしていた。
だが、少女は一人旅立ち、帰ってこない。
一家の主だった男も、数日前旅立ってしまった。
決して帰ってはこない場所へ…。
一人残された女性に、その日信じられないことがおこった。
来客だ。
この森には結界がはってある。
それを越えてきたというのか?
「どうして…ここへ…?」
玄関先で、怪訝そうに客を眺める。
年は…いなくなった娘と同じくらいだろうか。
背もあまり高くない。
ローブで顔を隠しているが、伸びかけの黒髪が縁から覗いて見える。
胸には、女物の紅いアミュレットをかけていた。
「娘さんは…死にました」
唐突だった。
もしかしたら…と覚悟はしていたが…どこかで幸せに暮らしていれば…とも願っていた。
「そう…ですか…。そうではないかと…薄々思っていました…」
「でも、安心してください。ぼくが、必ず――」
「?」
小鳥のさえずりが…風の音が、小さな青年の声を掻き消してしまう。
「あなたは、あの娘とは…どういう…?」
「…少しの間、一緒に旅をしました」
悲しそうな声だった。
言うと、青年は静かに立ち去ろうとする。彼の背中に、彼女は声を投げ掛けた。
「待って!ひとつだけ…教えてください。あの娘は…苦しんで…死んだのですか…?」
「いいえ…」
風が流れた。
まるで硝子のように冷たくて、脆くて…綺麗な風だった。
――笑っていました。
最初のコメントを投稿しよう!