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火鷹様と共に妖魔人の里を出て、行くあてもなくさ迷い、何日か過ぎ…。
ほとんど喋らなかった火鷹様が、やっと口を開いた。
「…笹霧……」
「はい」
守源国を出て西の国。
険しい山の途中、朝もやの中。湖の横でひと休みをしていた所だった。
「僕にとっての笹霧は、あの爺さんのイメージしかない」
「…はい」
それはそうだ。ヒュプノス家では、本当の姿を見せた事はなかった。召し使いの老人に化けていたから。
「本当の名は何だ」
「……ありません。私は物心ついた時から孤児で、色々な妖魔人の元を転々としてましたので」
奴隷以下の扱いを受けて。それでも抵抗せず、無感情を装う人形でいた……そういう生き方しか、知らなかったのだ。
…火鷹様は覚えていないでしょうね。
あなたに出会えたから、私は――…
「……風が、吹いていたな」
「?」
顔を向けると、火鷹様は私ではなく湖の方を見ていた。
「あの時は、ほんの気紛れで、お前を助けるつもりなど微塵も無かった」
「火鷹様……あの時の事、覚えて…」
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