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①出品せず
「お前さぁ、呉の藍って知ってる?」
トイレから戻るなり、少女を意味の分からない質問が出迎えた。
「……くれのあい?知らんっ」
美味そうにパフェを頬張る、鈍感な少年を軽く睨む。彼女は、淡い色の口紅を塗り直すことが出来ない。鏡の前に、化粧直しに余念のない『オトナの女』が立っていたから。映画を観た後も、ハンバーガーを食べた後も。
少年の目の前で塗り直しても意味がないのだ。
「くれのあい……くれのぅぁい……」
最後に残していた苺で、器の生クリームを拭き取りながら、少年は呪文を唱える。得意げな笑みを少女に向けて。
「くれない……紅」
「はぁっ?」
「紅の語源」
「……で?」
「口紅付けてたろ?朝」
彼は苺を口に放り込むと、そっぽを向いた。
「眉毛も細くしやがって」
少女は頬を染め、素の唇を噛んだ。少年の横顔を上目で見つめた。
嬉しいのに、悔しい――。
「ゆうべ、前髪も切ったけど」
お冷やの氷を噛み砕いていた少年が、ハッと向き直る。
「……マジ?」
限界までこらえて、前髪を指で揺らしている少女が、肩を震わせながら舌を出した。
「うっそ~っ!」
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