-放蕩息子-

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    いつだっただろうか。 番頭と言う高い地位にありながら、下働きの丁稚に命じる事無く、自ら水場(みずば)に立ち、茶器を慣れた手付きで取り出し、茶の用意をする喜市は、茶葉の入った筒を手にした時にそれを思い出す。 そうだ。あの時だと。 自分が手代(てだい)として、先代の番頭の下に付いていた時にこっそり聞いた話。 正次郎と、現在は家督を長男『正一郎』に譲り隠居した彼等の父親である『清太』との確執。 前述したように、『箕屋』には三人の男の子供がいる。 長兄『正一郎』は、数えで既に三十路近く、現在は別の大店(おおだな)の娘を妻に娶り、若旦那…社長として店を継いでいる。 そして、末子にあたる『正三郎』は、まだ数え5つという…並べば正一郎正次郎の息子と言ってもおかしくない年齢差がある。 実は、この歳離れた兄弟『正三郎』。清太が後添いに娶ったいわゆる後妻…『リン』との間に作った、上の二人とは血の繋がり半分の『腹違い兄弟』なのだ。 尤も、リンが後妻に入った時、既に正一郎が家督を継いでいて、妻との間に男の子供も産まれていたので、彼女が自分の子を跡取りにと騒ぐ事はなかった。 そして、この後妻と異母弟(いぼてい)の存在が、清太と正次郎の確執の鍵となっている。 それを語るには、上の兄弟が生まれて間もない頃までに遡る。 当時『清太』には『ハル』と言う、京(きょう)は西陣に店を構える老舗商家から娶った妻がいた。 東男(あずまおとこ)に京女の喩えよろしく、ハルは清太の言葉に従順に従い、夫婦仲はまずまずだった。 しかし、長男正一郎が産まれると、清太は京育ちのハルに『箕屋』の跡取りを育てさせるのを良しと思わず、早々に親族の伝手(つて)で見つけた乳母をあてがい、彼女から正一郎を取り上げた。  
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