-放蕩息子-

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    それでも、不治の上に感染力の強い労咳。 安らげる故郷に戻っても、ハルは実家の敷居さえも跨がせてもらえず、小さな屋敷と僅かな使用人を与えられ、そこに閉じ込められるような生活を強いられる事一年半。 ただ1人の家族である正次郎に看取られ、彼女は孤独と忍耐の生に幕を下ろした。 程なく、西陣の母方の実家に正次郎は引き取られたが、労咳の母親と一緒にいただけに、可愛い娘の子と思いつつも、ハルの両親は正次郎を避けた。 ならば引き取らねば良いだろうと言う声もあるだろうが、そこはやはり狭く体裁を気にする京。 孫が乞食のように街をうろつかれては困ると言う気持ちからだった。 奉公人の中には、母親諸共死ねば良かったもののと遠回しだが揶揄する者もいた。 そんな大人達の、張り付いた笑顔の下に見え隠れする本音を目の当たりにしている内に、正次郎は、自分は愛されているのかいないのか。産まれてきて良かったのかと、迷うようになった。 自他に対する基本的信頼…心を許すと言う無意識の獲得の失敗が、彼に作り笑いと飄々とした物言いを植え付けた。 笑っていればいい。 他人の迷惑にさえならないように過ごせば良い。 充分に食事も与えられず、ただ狭い部屋でぼんやりと小窓から外を見上げる生活が数ヶ月過ぎた頃だった。 必死に父を説得した正一郎の功で、ハルの実家に『箕屋』の使いがやってきて、正次郎は彼等と共に、故郷の江戸に戻る事となった。 ※労咳…〔古風な言い方で〕肺結核。肺病を指す。  
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