■第一編 泡沫桜■

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実を結ばない花の名前を付けると早死にする。 そんな迷信をふと思い出す春の桜。 小振りな薄紅色の英(はなふさ)を、惜しげもなく艶やかに魅せるその姿は、見る人々の心を歓喜と高揚に誘(いざな)う。 然りとて、東風風に吹かれ花弁を揺らされれば、それはパアッと潔く、芯に縋る事なく瓦解する。 花の命は短い。 愛でようと思った頃には、既に花は散り、丸裸にされた大樹。 そこに虚しさで顔を歪ませ、ただ呆然と佇む一人の男。 舞い散る桜吹雪の中に掌を掲げると、ふわりと宙を舞う一片が、其処(そこ)に収まる。 握り締め、淡い匂いのする拳を大事に空いた手で包み込み顔に寄せる。 まるで、愛しい女を抱きしめるかのように。 何故もっと早く、会えなかったのだろう。 声を押し殺しながら涙し頽れる。 世間は春の陽気に色めいていても、彼にとっての今年のそれは、ただただ苦しいだけ。 叶わなかった約束。 にこりと笑って逝った愛しい人の顔が、今も目蓋に焼きついて離れない。 「春乃…なあ、花…綺麗やなぁ…」 サラサラと、緑の葉が芽生え始めた大樹を見つめながら、男は愛した女の名を噛み締めるように言って、その場にうずくまり、ただ静かに涙を流した。  
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