-東京吉原-

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    客に選ばれなければ、金は遊女に入らない。 見世にしてみれば、遊女は女衒から仕入れた商品。 現代でもそうだが、仕入れ価格に見合った売り上げ、即ち『元(もと)』が取れねば意味がない。 仕入れ価格を割るような場合は、例え親の形見だろうと取り上げ質に入れ、借金…女衒に払った金を取る。 それが廓。 金で人を売り買いする、見た目は美しい衣を纏っていても、不器量な者、容量の悪い者、病に罹った者には、容赦のない苦しみの現実…襤褸(ぼろ)布のように安い金で使い回され、用済みになれば捨て置かれ、死ねば無縁仏として近くの寺に放りこまれるか、吉原をぐるりと囲む用水路『お歯黒どぶ』に投げ捨てられる。 年季、借金を返済して実家に帰れる女はほぼいない。 大門手形と言う帰りの切符を手にするのはほんの一握り。 殆どが、苦界と言う世界への片道切符を手に、吉原の入り口である大門をくぐる。 それが吉原。 遊女の集う花街の裏の顔である。 、 最も、ネオン煌めく現代の水商売や風俗街でも、売掛金回収云々など様々辛い事情があるだろうが、今回は特に掘り下げることではないので割愛する。 翻って、明治6年の春。 仲之町の桜の下を歩いていた『呉服屋箕屋』の次男坊『正次郎』は、桜花楼の格子の隙間から、1人の遊女を見初めた。 正絹の羽織りに瀟洒ながら高級感のある小物を身に付けた彼に、金持ちの『カモ』と見極めた客引きの男は、猫なで声で彼に迫ったが正次郎にはそんな男の声などハナから聞こえていなかった。 ゆっくりと、砂利道を踏みしめるよう歩を進め、格子の向こう…遊女達の待機部屋奥の隅に、丸く猫の様に蹲っている遊女が気になり、声が少しでも届くよう格子に手を掛け身を乗り出し、彼女に向かって口を開いた。  
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