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「待って」
「……なんだよ」
目が合ったのに、一言も発せずにシカトして去ろうとする藤嶋を思わず呼び止めてしまった。藤嶋は気だるそうな表情でこっちを少しだけ振り返ってから、右手に持ってたスニーカーを下に落として、片足を入れた。やけにその仕草がサマになって、イラッとした。
「あんた、何したの」
「は?」
「『千秋』って子と岡本のことよ」
もう一方の足もスニーカーに入れながら、怪訝な顔をした藤嶋に、はっきりと何のことか言ってやると「ああ……」と何かを思い出したように少し視線を上に向けてから、返事をしてきた。藤嶋は少し屈んで、踵をスニーカーの中におさめながら、口を開いた。さらり、と目元にかかった明るい茶色の前髪。
「別に、大したことしてねーよ」
「……ウソでしょ」
靴を履き終えた藤嶋は両手をブレザーのポケットに入れて、体をこっちに向けた。飄々とした態度が何を考えてんのかわかんなくて、イラつく。ジッと睨むように見ると、藤嶋は面倒くさそうに溜息をついた。
「ウソじゃねえよ。片岡のことをどっちかに言った覚えもねえし、由貴に何か言ったわけでもねえし」
「じゃあ……」
「まあ、倉田、ってか、『千秋』とは少し話したけど」
「やっぱりしてんじゃない」
ダルそうな表情でなんでもないことのように言う藤嶋。コイツにあたっても意味がないっていうか、理由もないんだけど。誰かに「あんたのせいだ」って言わないと、どうしようもなかった。
こいつがジャマしなければ、岡本と『千秋』は離れたままだったのに、あたしにもチャンスが出来たはずだったのに。藤嶋はどうでもよさそうな顔で話を続ける。
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