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未来は誰にも分からない。
雨上がりの夕暮れ、傷だらけの掌を見つめた。
敵のものか、それとも自分のものか…
血で汚れた掌は、小刻みに震える。
ため息と共に肺に痛みが走る。
「長かった…」
ポツリとこぼした声はかすれていて、じんわりと瞳が熱くなる。
今日この日、エルド共和国はカルディナ帝国に滅ぼされた。
エルド共和国は青年イシュラゼスの父の治める国だった。
温かな国だった。
しかし、その国はもう失われた。
戦渦に焼かれた家々、親しい者達、帰る場所も仲間も全て失った。
戦って戦って、敗れ去ったのだ。
「独りだ…」
泣く暇もなかったから今更だ。
拭いても拭いても溢れてくる涙は止まる事がなく流れ続ける。
泣いたところで、元通りにならないのは分かっていたが、止める事が出来なかった。
戦は幕を引き、薄暗い平原にただ一人、残されたのは、この身に宿る王家の遺産だけ、孤独と虚しさばかりが胸を締め付けて、消える事が運命だとしたら、今がその時なのかもしれない。
だが、諦めたくはなかった。
生きたい、この国をもう一度、帝国の手から…
必死に抗うが、意識が混濁していく。
見えなくなった視界、暗闇の中から名を呼ぶ声が聞こえる。
この声は…
意識はそこでブツリと途切れた。
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