39人が本棚に入れています
本棚に追加
1
賑わう喧騒の中、槍の刃先が首筋を紙一重で掠める。
相手の踏み込みの良さに、青年は密かにため息をつく。
あれから2年、青年イシュラゼス・ウル・オベロンは、名をクリュウと変え、国の再興を胸に、カルディナ帝国へと潜入していた。
紛争により家族を失った哀れな難民を装い、与えられた戸籍を手に、なんとか敵国へと潜入を果たしたのである。
帝国兵に志願し訓練校に身を置き、今へ至る。
全ては帝国中枢へと入り込み、重臣と仇の暗殺をするためだった。
迫りくる刃を交わしながら、背後に仰け反り避ければ、綺麗な青空が目に入り、またため息をつく…
今この瞬間、その2年が無駄になろうとしているからだ。
「攻撃をしないつもりですか?」
意地の悪い笑みを浮かべた相手を、睨み付ければ、すかさず追撃をされる。
「これだけ私の技を避けられるんだ。
あなたになら反撃位出来るでしょう、クリュウ二等訓練兵?」
2年を無駄にしたのは、今、目の前で刃を交える、訓練校にいる筈のない男…
男は帝国軍の大佐だった。
そしてクリュウを無理矢理、騒ぎの渦中に引きずり込んだのも、この男だ。
一体なんの恨みがあるのやら…
王都から来た大佐の実力は、大佐と言うより将軍クラスである。
本当なら今日も中程の成績の生徒と戦い、負ける事で、目立たずに過ごす筈だった。
それがこんな事に、男は一生徒がどうこう出来る様な相手ではない。
さっさと負けてしまいたいが、男がクリュウを殺す気でいるからそれも出来ずにいる。
「王都からの視察ついでに手合わせを、お願い出来ませんか?」
そう声をかけられ出された手を、どうしてあの時快く握ったのか…
嘆いたところで、男が何を考えているか、なんて分かるはずもなく。
後悔ばかりが押し寄せて、気付けばこんなに目立っていた。
「貴方が何時までも本気を出すつもりがないならこちらも本気でいきますよ!」
稲妻の如く繰り出す刃が、さっきとは比べ物にならない速さで攻めたてる。
間に合わず体を捻り避けたが、無理な体制になり、そこを相手が見逃してくれる分けもなく、クリュウの眉間に皺がよる。
「くそっ…」
大佐の口の端が緩やかに持ち上がる。
ヒュッという短い呼気、そして次の瞬間…
「破!」
最初のコメントを投稿しよう!