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「お前はどう考えてる?」
廊下を歩き玄関ホールまで出た時、蓮實水明が言った。
柊は努めて平静を装うと、「なにを?」と一言だけ返した。
「お前も“忘れよう”ってクチか」蓮實が溜息を一つ。「野澤教授なんか怒り出したからな」
二人で外に出て、歩く。柊は煙草に火をつけた。
「忘れるもなにもない」柊が煙を吐きながら言う。「野澤教授が正しいよ。みんなが浮足立って、ミステリアスにしているんだ」
「ただの“事故”か?」蓮實が食ってかかる。「年に何十、下手すれば何百と公演する“マジシャン”が、得意のマジックで焼死した。それがただの“事故”か?」
「そうだ」柊が煙草を携帯灰皿に入れる。「火薬の量か何か間違えたんだろう。欧米じゃ、ある話しだ」
「百年前ならな」蓮實が肩をすぼめて言った。「今の世の中じゃ、もっとマシなタネだ。そんなにほいほい人は焼け死なん。確率的に低いだろ」
「だとしても」柊は立ち止まり蓮實を見る。「その“低い確率に当たった”んだよ」
「“椚カルラが”か?」蓮實が言った。
「“僕らが”だ」柊が返す。「どんなに低い確率でも、飛行機は墜ちるんだ」
それ以上はお互いに何も言わない。
柊が目線をやると、大学の駐車場に一台のパトカーが停まっている。
蓮實は肩をすぼめてから「つまらないデートになりそうだな」と呟いた。
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