嗜好・思考・至高

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     (6)      エレベーターが24階で止まる。開いたドアから出た瞬間に柊は自分の部屋の前に誰かがいることに気がついた。     「こんな時間にどうしたんだい?」柊が眉を寄せる。「國枝くん」    言われた國枝知草は壁に預けた背中を素早く離して柊に向き直ると笑顔を浮かべた。     「どーも。5時間と12分、12、13、14、15秒ぶりです」國枝は時計すら見ずに言った。   「何分待った?」   「えーと、56分くらいです」國枝が笑顔で答えた。   「随分待ったね」柊がドアを開けながら言う。「僕になにか用があるんだろう?」    ドアを開けたまま柊は入って行く。    國枝は柊のマンションに訪れたのはこれが初めてで、この開けっ放しのドアに少しだけ、入っていいものか?と思案を巡らせてみる。     「入りなさい。その為に開けてある」    柊の声に、國枝がドアの影から顔を出した時、既に彼はソファに腰掛けて煙草に火をつける所だった。    國枝は苦笑いを浮かべると、柊の城に入り込む。    壁は真っ白でシミ一つない。むきだしのフローリングに黒い革のソファがリビングにポツンと“浮いて”いる。    ある程度は予測していたものの、國枝の想像を遥かに超える程に生活感がない。  と、言うよりもどう生活しているのか見えない。     「なんだか、こざっぱりとしてますね」國枝がキョロキョロと視線を移しながら言った。   「みんなそう言うよ。蓮實なんて、、、蓮實教官、知ってるよね?」   「はい」國枝は柊の友人である、キザで長髪の男を思い浮かべながら頷いた。   「そう。その蓮實は僕の部屋に来ると毎回言うんだ」柊がつまらなそうに言う。   「物がない。ですか?」國枝は首を傾げた。   「違う」柊はスッと眉をあげる。「“ここは異常者の部屋だ”」    柊の言葉を聞いて、もう一度部屋を見渡す。    確かに。と國枝は内心頷いた。
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