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「どういう、意味ですか?」国枝知草が蓮實に言った。「俺が騙されてるとでも?」
「そう聞こえたなら、そうなんだろ」蓮實水明が冷笑を浮かべた。
「正直に言います。俺は蓮實先生のそういう所、嫌いですよ。事情や過程を無視して更に結果も否定するんだ」國枝が感情を吐き出す様に言った。
桔梗明日香がオロオロと両者を見遣っていると、見兼ねた香坂が明日香の肩を抱く様に支えた。
國枝は自分が感情的になったせいでこの状況が生まれた事に更にいらつく。どうしようもない程の自己嫌悪に襲われたのだ。
「別にお前に好かれる必要はない、、、が」蓮實が席を立つ。「年長者として二つ。一つは“頭を冷やせ”もう一つは、“誰でも簡単に信用するな”」
それだけ言うと、蓮實はテーブルに伏せてあった伝票を拾い上げて「小次郎、今日は機嫌がいいから貸しといてやる」と柊にだけ挨拶をしてその場を離れた。
國枝はその後ろ姿を見送らないまま、厭味だ、と一人ごちる。
柊は煙草を一本くわえると、國枝に言った。
「國枝くん。蓮實を嫌わないでやってほしい」
「何故です?」
「あいつはね。僕も疑っているようなやつだから」柊が煙草に火をつける。
「信じられない。コジローセンセを」國枝が振り返る。もう蓮實の姿はなかった。
「それは違うよ。國枝くん」柊がそっと煙を吐き出す。「誰よりも僕を信頼してくれているんだ。だから、いの一番に僕を疑って、いの一番に容疑者から外そうとしてくれている。“嬉しい疑惑”だね」
「そんなの」國枝は屁理屈だ、と言いかけてやめた。
「いいんだよ。國枝くん。蓮實は“機嫌がいい”と言ったね。嬉しかったんだきっと。君が信じる心を持っていることがね。でも、危うさがあるから、あんなにつんけんしてるのさ」
「優しいんですね。蓮實先生、、、意外でした」明日香が言った。
柊はにっこりと微笑むと「出ようか」とだけ言った。
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