愛しい光が消えるとき

182/191
71601人が本棚に入れています
本棚に追加
/647ページ
「さっきの御主人の言葉、気にしちゃ駄目よ。仕方の無い事だから」 私の隣を歩く水瀬さんが声を潜める。 「……はい、分かっています」 今は考えるべき事じゃない。私がこんな気持ちで見送るのは、石川さんに対して失礼だ。 車に乗る直前で駆け寄った私は、彼女の肩に手を乗せ深々と頭を下げる。 出棺直前に駆け付けた名取先生。私達三人が見送る中、石川さんと家族を乗せた車が自宅へと帰って行く。 彼女が旅立ったのは、霞の雲が静かに流れる春の空。 お疲れさまでした…… どうか、 安らかにお眠りください……。 心から願う私は涙を浮かべ、その姿が消えるまで見送っていた―――。  春を飾る桜が散り、病院の中庭に紫色の菖蒲(しょうぶ)の花が優美に咲く、4月下旬。私宛に病院へ一通の手紙が届いた。 差出人は石川さんの御主人。師長からそれを受け取った私は、外来の休憩室でユリさんと共に封筒を開けた。
/647ページ

最初のコメントを投稿しよう!