車椅子の老婆

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死亡推定時刻も死亡原因も明確には分からない。     今井先生は死因を明確にするために解剖の話をしたが、息子さんはそれを考える間も無く断った。     『もう84ですからね…老衰ですよ。 ずっと寝たきりで…かかりつけの医者にも年を越すのも難しいって言われてましたから…。   それにしてもおかしいなぁ…病院に来る車の中では返答してたんですけどね』   息子さんはそう言いながら苦笑いを浮かべた。       私は山内さんと2人で笹原さんの体を拭き、お化粧をし、真っ白な寝間着の襟元を整えた。     胸元で手を合わせる「合掌」をしてもらおうと指を絡めるが、硬直した指はそれを拒む。     手首に合掌バンドを掛け、閉じない下顎は下顎バンドで固定した…。     時々…     笹原さんの様に運ばれた時には既に手の施し用が無く、こうして硬く冷たくなった体だけに触れる事がある…     何もできなかった…   最期の瞬間を看取る事さえも…。     救急外来にいる医療関係者が、どうにもならない虚しさに駆られる瞬間…       ……   『笹原さん…お疲れさまでした』     私と山内さんは目を伏せ静かに頭を下げた。
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