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その後、私は息子さんと霊安室で葬儀所の御迎えを待っていた。
『本当はね、朝の様子を見て救急車を呼ぼうと思ったんですけどね…』
お線香に火を付ける私の背中に、息子さんはポツリと呟く。
私は黙って振り返り息子さんに視線を移した。
息子さんは椅子に腰掛け、ストレッチャーの手すりに両肘を乗せ白い布が掛けられた笹原さんの顔を見つめていた。
『…どうして救急車を呼ばなかったんですか?』
私は息子さんを静かに見つめた。
『だって…ほら、最近テレビでもやってるでしょ?
救急車をタクシー代わりに使うなとか…重症患者が優先とか…。
この年なんだから衰弱は当たり前でしょ?…何だか呼びにくくて』
顔を上げて私と目が合うとフッと口元で笑った。
『そんな事思わなくていいんですよ。…必要だと思ったら呼んでください』
私は絞り出す様に言葉を返した。
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