71605人が本棚に入れています
本棚に追加
「そうか・・・うん、櫻ちゃんが言うなら大丈夫よね!
・・・先生、放射線治療をしたら、この気持ちの悪い塊、やっつけられるんですよね?もう、匂いを気にして人ごみを避けたり、仕事の途中で出血を気にしてパットを交換しに行ったりしなくて大丈夫なんですよね?」
宮脇さんは、先生の顔を真っ直ぐに見つめる。
その目からは、先ほどまでの怯えた感情は感じられない。
勿論、不安はあるに決まっている。しかし、その不安を打ち消すような確かな決意が感じられた。
先生は、そんな彼女を見つめ返し、慎重に口を開く。
「間違いなく放射線でその塊は除去できます。・・・しかし、これだけは伝えておかなければいけません。
この治療は、あくまでも今、露出して目に見えている腫瘍を取り除いて、生活の質を維持するためだけの局所的な処置です。
宮脇さんのがんは、既にリンパ節に転移し、血液やリンパの流れに乗って全身に回っています。これはがんに対する根本的な治療ではありません」
先生の声が診察室に低く響く。
「・・・それは理解しています。良いんです、それでも。
・・・私は、この塊が大きくなるのを見ているのがつらいんです。・・・私、あと半年でいいんです。あと半年で定年退職なんです。お願いします。35年務めた職場なんです。最後まで仕事を続けられるようにしてください!この化け物を取って、悔いの残らないように最後まで仕事を続けさせて下さい!」
宮脇さんは再び滲む涙を必死に堪え、深々と頭を下げた。
宮脇さん・・・
彼女のすがる思いが、悲痛な叫びが、私の胸を一直線に貫く。
「分かりました。では、さっそく放射線科と相談しながらこれからのスケジュールを立てていきます。放射線治療をしている期間も、分子標的治療薬であるハーセプチンの点滴は続けます。おそらく、ハーセプチンを使ってるから遠隔転移(他の臓器への転移)を防げていると思いますから」
「はい。先生・・・お願いします」
先生の説明を聞きながら涙を拭う宮脇さんを見つめ、私はいたたまれない気持ちを抑え込むように、無意識に唇を噛んでいた・・・。
最初のコメントを投稿しよう!