愛しい光が消えるとき

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妻の最期は緩和ケアに特化した医療施設で……そう考えた上での決断だと、彼の心情が手に取るように分かる。それも一つの選択肢。けれど、それはあくまで御主人の理想。 「……石川さん本人の希望は?転院しても良いって言ったんですか?」 御主人の選択に否定も肯定も出来ない私は、しかめ顔を解かないまま先生に問いを投げる。 「はっきり転院の日にちが決まるまでは、本人には伝えて欲しくないとの希望だ。息子さんに相談したのかを確認したけど、曖昧な返事だった。あれは未だ伝えていないか、伝えたけど反対されているかのどちらかだな」 「だったら御主人の暴走じゃん!」 一足先に語気を荒げたのはユリさん。その顔には、火のような怒りの色を湛えている。 「完全に自己満足。この病院から離れて良いなんて、石川さんが思うはず無い。転院なんてしたら、もう二度と櫻ちゃんに会えなくなるんだから!」 彼女は声で鞭を打った後、悔しそうに下唇を噛む。 「ユリさん……」 私もユリさんと同じ気持ちだ。石川さんを最期まで見守りたい。「お疲れさま」と「ありがとう」を伝えたい。転院先から届いた手紙で『永眠』を知らされるのは嫌だ。 本人と家族が望んだなら仕方が無いと自分に言い聞かせても、必ず淋しさと虚しさがいつまでも心に残る。 「先生と話したのは何時ですか?御主人は未だ病棟にみえますか?」 息を整えた私は、御主人の口から詳細を訊く覚悟をして先生を見つめる。 「え……と、話をしたのは20分くらい前かな。未だ病室に居るかも知れないけど。……もしかして御主人を止める気?」 「止めはしません。だけど、御主人の気持ちを知りたいんです」 「知ってどうにかなるとも思えないけど……、でもまぁ、櫻井さんに止める権利は無くても知る権利はあるかもね」 御主人の意志の固さに為す術も無いと(さじ)を投げてしまったのか、名取先生は私を擁護しながらも少々困った顔をする。
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