愛しい光が消えるとき

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「あの、……名取先生から聞きました。転院をご希望されていると」 時間に限りのある私は、躊躇を振り払って自ら切り出した。 刹那的な沈黙が下りる。彼は緊張を漂わせる私を見つめ、向かい合う理由を察したかのように笑みを解く。 「やはり、その話でしたか。ついさっき先生にお伝えしたばかりなのに、もう櫻井さんの耳に入っているとは。流石です。この病院の方々は、連携が取れていて素晴らしい」 言い終えた後、再び口元を微笑みで飾る御主人。 「……」 今この状況でお褒めの言葉を頂いても、複雑な気持ちになるだけだ。転院を希望するのは今の環境に不満があるから?それとも、石川さんのためだけを思っての決断だろうか。 不満云々の理由では無く、石川さんを見送るための準備だとしても、手を振って笑顔で送り出すには不安がある。 「転院のお日にちは、未だ決まっていないと聞きました。転院先の〇〇〇への移動には距離があります。石川さんの体への負担を考えると、息子さんも納得した上で選択をしていただいた方が良いと思いますが……、息子さんは転院について何と仰っていますか?」 今の段階で石川さん本人の希望に触れられないとしても、御主人と息子さんの意思の統一は必要不可欠。ここで御主人が周囲の反対を押し切る形になってしまうと、彼女の身に危険が及んだ際、きっと御主人は自分を責めてしまう。 「息子にも話しましたが、今の段階で佐代子を移す事に抵抗がある様です。環境を変えるのは、佐代子の精神面でリスクがあるのではないかと心配しています」 「……そうですか」 「もし櫻井さんだったら、御家族が残された時間をホスピスで過ごす事について、どうお考えですか?」 虚を突いて御主人が問いを投げた先は、白衣を脱いだ立場の私。 愛する者を失う悲しみに打ちひしがれた、家族としての純粋な想い。
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