愛しい光が消えるとき

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「私がご家族の立場でしたら……」 自分の家族がもし死を待つだけの状況になったとしたら、私は在宅介護を選択する。例え一時的に仕事を辞める事になっても、自宅での看取り以外は考えられない。 でもそれを躊躇なく選択できるのは、在宅でも医療行為が可能な看護師だからだ。 医療従事者でなければ、訪問診療を使い点滴や酸素、吸引や麻薬の管理をするのは容易ではない。そして毎日の状態変化を観察し、自らの判断で対応するにはそれなりの覚悟が要る。 その一方、入院によって治療の最善を尽くすとしても、一般病院では心肺停止の直前、もしくはそれに気づいてから家族に知らせる事は珍しくない。 「最期の瞬間に側にいたい」と希望する家族も少なくないが、病棟のナースですらその瞬間に立ち会えない事もある。多くの患者を受け持つ中で、看取りの患者一人に付き添うのは不可能だからだ。 個人経営的な施設が、実際どこまで寄り添って看てくれるのかは知らない。 けれど、実際アピール通りの待遇を受けられるのなら、本人と家族が最期の場所として選ぶ気持ちはよく分かる。 不安を取り除くため医療は専門家に任せ、尚且つ最期の瞬間まで大切な人と過ごしたいと願うならば、確かに選択は一つしか無いのかも知れない…… 「……私が御主人の立場でしたら、ホスピスへの転院を考えます」 葛藤の末に漏らした本音。御主人の視線を受けながら肩を落とす。 「何故ですか?」 「こういった病院では、出来る事が限られてしまうからです」 一昨日の散歩がいい例だ。公園に行くにも大掛かり。してあげたいと思っても、許可を得るために幾つかの関所を通り、おまけに同僚からも非難を浴びる。例え仲間の援護があっても、辛い時は人並みに辛い。 「……良かった。櫻井さんに理解して頂けて。少しでも後悔の無い道があるなら、私は周囲に反対されても推し進めます。佐代子の時間が無いと言うなら尚更。残された時間はお金で買えませんが、どこでどう過ごすかは選択が出来ます」 「……はい」 「ただ、勘違いしないで下さい。私はこの病院に不満がある訳ではありません。櫻井さんや名取先生には感謝をしています」 「……」 「ホスピスへの転院は以前から考えてはいました。けれども私自身、踏ん切りがつかなかった。転院を決断した、私の背中を押してくれたのは櫻井さん、あなたです」 彼は複雑な心境に囚われる私を真っ直ぐ見て、口角に微笑を浮かべる。
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