愛しい光が消えるとき

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「えっ……私が、ですか?」 「一昨日の外出です。貴重な時間を作って頂き、本当にありがとうございました。あの日の佐代子の笑顔と、息子の言葉で決心が出来ました」 「息子さんの言葉?」 ――御主人の心を動かしたのは、アラカシの木陰で、息子さんが石川さんに伝えた言葉だと言う。仕事を辞めてでも、残りの時間を一緒に過ごしたいと言った、あの切実な願い。 「母親を自宅で看たい。息子がそこまで考えていたなんて、気づきもしなかった。何年も前に家を出て行った息子が……正直、驚きました」 声を止め、深いため息を落とした御主人。底流にある戸惑いを隠せずに、沈黙の中で顔をしかめる。 「……」 息子さんは後悔をしている。あの言葉はきっと、母への償いと自分への慰めなのだろう。余命を知らされてから、もしくは失ってしまった後でその人の大切さに気づく。 それが家族なら尚更。いつか永遠の別れが来ると解っていても、その日は数年先、数十年先だと思ってしまう。 重篤な病や不慮の事故で今日、明日に失う命が当然あると知っていても、それを身近に感じる事は難しい。限りある命を持って生まれた私達。残された時間を逆算し、後悔の無い日々を送ろうと行動する者は、実際どれくらい居るのだろうか。 「思いは息子と同じです。けれどお恥ずかしい事に、今の佐代子を自宅で看る自信が私にはありません」 肩を落とし、彼は重いため息を重ねる。 「それは、恥ずかしく思う事ではありません。自宅での看取りが理想だと言われていますが、口で言うほど簡単ではありませんから」 しかも、石川さんの家庭は男性のみ。子育て含め、人の世話に慣れている娘さんが居たらその選択肢も出たのかも知れないが、男性のみの家庭では更にハードルが高くなるのが現実。
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