愛しい光が消えるとき

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「そう言って頂けると救われます。息子が言ったように、また佐代子を外に連れ出してやりたい。あの笑顔が見たい。……佐代子の命が尽きるまで、家族三人であの綺麗な空を見上げて、息子と二人で妻を見送ってやりたいのです」 私に向けるのは、意を固めた言葉と真っ直ぐな眼差し。その真剣な表情が、もはや私が入る隙など何処にも無いのだと知らしめる。 「……はい。そのお気持ちは、よく分かります」 放てない悲しみを心に抱える私は、微笑みを纏って彼の言葉に頷いた。 「良かった。解って頂けて。あなたに否定されたら、いつまでも心苦しさが残ります」 「そうですよね。そのお気持ちも、分かります」 隠しても隠し切れない心境を読まれているような気がして、苦い笑みが零れてしまう。 「最後に一つだけ、願いを聞いて貰えませんか?」 「……はい」 「早ければ今週中に転院が決まります。その時は、どうか笑顔で見送って下さい。妻が最後に見るあなたは笑顔であって欲しい。不躾ながら、宜しくお願いします」 落ち着いた口調で言った後、私を見つめたまま深々と頭を下げる。 今日まで石川さんの担当をしてきた私に対して、彼は少なからず申し訳ないと思っているのだろう。 けれど病院を選ぶのは患者の自由。希望転院をするからと言って、スタッフに謝罪の気持ちなど持つ必要も無い。寧ろ「ありがとう」の言葉を頂けただけで、担当としての役目を果たせたと安堵するべきだ。 御主人にお願いをされるまでも無く、私は笑顔で手を振り、家族の愛に支えられる彼女を送り出さなければいけない。そうと分かってはいるのに、突然の出来事に気持ちが追い付けない。 「……はい、承知しました。転院までの数日間、引き続きよろしくお願い致します」 物分かりの良いナースを演じながらも失意に陥る私は、目を伏せるようにして会釈を返した。
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