愛しい光が消えるとき

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「……うぅ…ッ……ぅぅ…‥母さん……」 息子さんがベッドの横にしゃがみ、彼女の手を握って唸るような嗚咽を上げている。 その横に立つのは御主人。掴んだベッド柵に体を預けるかのようにして腰を屈め、悲嘆に顔を歪めて最愛の妻の頭を撫でている。 その場景の中で流れるのは、今にも消えてしまいそうな心拍音と、それに重なるアラーム音。 家族に一礼して部屋の奥に進んだ私は、顔を強ばらせてモニター画面に近寄る。 凝らした目に飛び込んで来たのは、既に心臓がポンプ機能を失った波形。 血液を送り出す拍動から痙攣へと移行する、死の直前を示している。 石川さん…… ついに訪れた永遠の別れ。彼女の姿を見ると悲しみで胸が詰まり、涙を堪え続けた瞼が限界に達する。 「……母さん、櫻井さんが来てくれたよ」 家族の中に入る事に躊躇している私を呼ぶように、息子さんが涙声で彼女に語り掛ける。その言葉を聞いた瞬間、辛抱の糸が切れ大粒の涙が溢れ出した。 瞼を閉じ、酸素マスクの中で不規則な浅い呼吸を繰り返す彼女。私は側に寄り、もう片方の手を握る。 「石川さん、櫻井です」 包み込んだ私の両手に伝わって来るのは、今日まで懸命に生きた彼女の温もり。 今までこの手に何度救われただろう。 外来では「またね」と笑顔で何度も手を振ってくれた。「これからも宜しくね」と握手をしてくれた。起き上がれない体になっても私に触れ、「ありがとう」と、何度も何度も優しい言葉をくれた。
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