愛しい光が消えるとき

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無念…… その一言を聞いた私は、不意に脳天を撃ち抜かれたかのような衝撃を受ける。視界を妨害するのは眩暈に似た感覚。茫然とする私は口を閉じる間さえ奪われ、後に放つ言葉を失った。 御主人の心を支配しているのは、後悔から生まれた深い悲しみ。それを埋めるために水面下で準備をして来た、ホスピスへの転院。それを目前にして訪れた悲劇は、きっと彼の精神に更なる傷を残してしまった。 彼の絶望感は計り知れない。どんなに理解しようと努めても、それこそが看護師の思い上がりなのかも知れない。 だったら私は、今日まで何をして来たのだろう…… 最期まで誠意をもって看護をし、一人の患者さんの見送りが出来たとしても、それはただの自己満足。 石川さんは手の届かないところへ旅立ってしまった。この状況で、遺族に「無念」が残っては意味が無い。 襲い掛かる虚無感。病と闘い懸命に生きた彼女を目の前にして、予期せぬ落胆に陥る。 「出発のお時間になりました。準備を始めても宜しいでしょうか?」 重い空気を割って入ったのは、葬儀スタッフと息子さんの姿。その場に動けないでいた私は固まった体を後退りさせ、平静を取り戻そうと息を吸い込む。 「……はい、お願いします」 小さな声を漏らして頷いた御主人。ストレッチャーの柵にもたれながらゆっくりと立ち上がり、椅子を引いた。 スタッフの手によって専用のストレッチャーに移され、彼女の体が迎えの車へ向かう。 陰気な気持ちを振り払い、最期のお別れをするために彼女の後をゆっくりとついて行く私。
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