指紋の無い男

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  「あなた、割れ物には触れないでって、いつも言ってるじゃない!」 俺は自分の手を見つめる。指紋がない。 ページが捲りにくい事や、手の中のものがよく滑る事など些細な困りごとはある。しかし、膨大な資料をペラペラ捲る仕事でもないし、昨今はコンピューターだ、タイプとマウスをクリックさえ出来れば困らない。それに俺は、急カーブを描かなきゃならないピッチャーでもない。何かとさして困ることなどないのだが、今日のように二回連続し、指紋がない事で不便を味わうと少々考えてしまう。 こういった事が起こる度に考えるが、きっと俺は凄く軽い片端者なのだ。 しかし悪い事ばかりでもない、指紋がないので犯罪を行い易い。 かといって犯人は指紋のない奴に決まるし、手袋さえすりゃ誰もが指紋が消える。 やはりただ不便なだけだ。いつもこの答えで終結する。これより後は何度考えても答えが出ない。いつかこの先の答えがポロリと出そうな気はするのだが。 あまり気にはしていないのだが、やはり少々コンプレックスを持っている。気がつけばいつも手の平を人に見せないようにしている。それはつまり、俺が自分のこの指紋の無いソーセージのような指を人一倍長く見ている事に他ならない。   何にせよ些細なことだ。生まれた時からだ。今更不幸がった所で仕方あるまい。 妻はまだガミガミ小言を言っている。
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