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太助は照姫の部屋に続く長い廊下を、大股でイライラと突き進んでいった。
そんな彼と擦れ違う者達は皆、思わず面食らったような顔をしていた。
歳の割りに落ち着きがあり、あまり感情を表に出さない太助の不機嫌な表情は、それくらい珍しいものであった。
(何を考えてるんだ!あのバカ殿め!)
容保を前にしては決して言えない暴言を、太助は頭の中で吐き捨てる。
白虎隊とは、十六歳から十七歳の少年達の集まりだ。
その少年達は、女との関係は一切絶ち切ったうえで、ただひたすら武術のみを励んできたらしい。
そんな只でさえ禁欲を強いられている彼らの中に、若い女を放り込むなど、あまりに馬鹿げた行為だ。
(もし言い出した相手が殿じゃなかったら、頭に重石をくくりつけて庭の池に沈めてやった)
それほど、太助は胸に怒りを秘めていた。
(久美…)
なぜアイツが。
ジリジリと焦燥する心を宥める。そうしている間に、彼は照姫の部屋の前に着いた。
照姫とは、容保の義姉にあたる女性だ。
「照姫様」
外から控えめに声をかけると、中から「誰じゃ」と女性特有の高い声が聞こえた。
「太助でございます」
「おお、太助か」
太助の声を聞き警戒心を解いた照姫は、彼を迎える為に部屋の引き戸を開けた。
容保の側近である太助は、照姫とも親しい間柄であった。
「どうしたのじゃ?太助」
「あ、はい…その…」
部屋の中に視線を走らせた太助は、不可解そうに軽く眉を寄せる。
(久美?)
いつも照姫の傍らにいる筈の彼女、久美の姿が見当たらなかった。
彼の心中を察した照姫は、口元を手で覆いクスクスと笑う。
「分かりやすい奴じゃ。そなたの捜している久美は、今、庭におるぞ」
「っ…私は!」
「おや?違うのかえ?」
「……いえ、違い、では…ありません…。ありがとうございました」
太助はバツが悪そうな顔をする。そして照姫に深く頭を下げた後、踵を返して逃げるようにその場を去った。
「…ふふ、ほんに仲が良い奴らじゃ…」
遠ざかってゆく太助の後ろ姿を見て、照姫は楽しそうにそう呟いたのだった。
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