597人が本棚に入れています
本棚に追加
/26ページ
「え?私を…白虎隊の講師に…ですか?」
パチパチと瞬きを繰り返す男の名は太助。会津藩松平容保の側近を務める、目鼻立ちの整った二十歳の青年だ。
「そうだ」
「そ、そうって…そんな簡単に……っ殿!何を笑っておられるのです!」
いつもは澄まし顔の太助が珍しく戸惑っていた為、容保はこらえきれず笑みを漏らしていた。
「くく、すまなかった。のう太助、このワシの願いは聞けぬか?」
「…殿は策士でございますね。命令というならまだしも、お願いと申されたら嫌な顔も出来ませぬ」
「お主はまこと正直な男じゃな」
溜め息混じりの容保の嫌味にも堪えた風なく、太助はニッと口端を吊り上げた。
「お褒めに預かり光栄に存じます」
「…その性格の悪さは直らなんだな」
ハァと、本日二度目の溜め息をつく容保。この己の側近、太助にはいつも頭を悩まされる。
「ともかくだ。お主はこの件、引き受けてくれるのだな?」
「まぁ取りあえず、はい、と答えておきましょう」
「まったく、この減らず口が」
「ふふ、何を今さら。つまり私は、その白虎隊の隊士達を、きたる戦勢に備えて鍛えれば良いのですね?」
「ああ」
「かしこまりました。では私はこれで。さっそく明日から任に就きましょう」
「あ、待て太助!」
一礼して部屋を後にしようとした太助を、容保は慌てて呼び止める。
「はい?」
「お主は…その、姉上の侍女…久美と申す娘と仲が良いと噂に聞くが…」
「その噂は間違っております。そんな下らない噂を殿の耳に入れた者は誰です?私がヤキ入れ…ゴホン…注意して参りますので」
「ヤキ…とは?」
「忘れて下さい。世の中知らなくていいこともあります」
聞き慣れない単語に容保は疑問符を浮かべたが、太助の凄みのかかった笑顔に何も言えなくなってしまう。
「本題に戻りましょう。照姫様に仕える小娘に、いったい何の用が?」
「こ、小娘…」
なるほど。確かに噂は違っていたらしい。
「殿」
痺れを切らした太助に急かされ、容保は焦って口を開く。
「あ、ああ。実はその娘にも指導役に就いて貰いたいのだ。彼女は銃の扱いに長けていると聞く。出来たらそのむねを、お主の口から伝えて欲しい」
太助の瞳が一瞬揺れたが、容保がその様子に気づくことはなかった。
「………かしこまりました…」
そして今度こそ、太助は容保の部屋を後にした。
最初のコメントを投稿しよう!