きっかけ

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「え?私を…白虎隊の講師に…ですか?」 パチパチと瞬きを繰り返す男の名は太助。会津藩松平容保の側近を務める、目鼻立ちの整った二十歳の青年だ。 「そうだ」 「そ、そうって…そんな簡単に……っ殿!何を笑っておられるのです!」 いつもは澄まし顔の太助が珍しく戸惑っていた為、容保はこらえきれず笑みを漏らしていた。 「くく、すまなかった。のう太助、このワシの願いは聞けぬか?」 「…殿は策士でございますね。命令というならまだしも、お願いと申されたら嫌な顔も出来ませぬ」 「お主はまこと正直な男じゃな」 溜め息混じりの容保の嫌味にも堪えた風なく、太助はニッと口端を吊り上げた。 「お褒めに預かり光栄に存じます」 「…その性格の悪さは直らなんだな」 ハァと、本日二度目の溜め息をつく容保。この己の側近、太助にはいつも頭を悩まされる。 「ともかくだ。お主はこの件、引き受けてくれるのだな?」 「まぁ取りあえず、はい、と答えておきましょう」 「まったく、この減らず口が」 「ふふ、何を今さら。つまり私は、その白虎隊の隊士達を、きたる戦勢に備えて鍛えれば良いのですね?」 「ああ」 「かしこまりました。では私はこれで。さっそく明日から任に就きましょう」 「あ、待て太助!」 一礼して部屋を後にしようとした太助を、容保は慌てて呼び止める。 「はい?」 「お主は…その、姉上の侍女…久美と申す娘と仲が良いと噂に聞くが…」 「その噂は間違っております。そんな下らない噂を殿の耳に入れた者は誰です?私がヤキ入れ…ゴホン…注意して参りますので」 「ヤキ…とは?」 「忘れて下さい。世の中知らなくていいこともあります」 聞き慣れない単語に容保は疑問符を浮かべたが、太助の凄みのかかった笑顔に何も言えなくなってしまう。 「本題に戻りましょう。照姫様に仕える小娘に、いったい何の用が?」 「こ、小娘…」 なるほど。確かに噂は違っていたらしい。 「殿」 痺れを切らした太助に急かされ、容保は焦って口を開く。 「あ、ああ。実はその娘にも指導役に就いて貰いたいのだ。彼女は銃の扱いに長けていると聞く。出来たらそのむねを、お主の口から伝えて欲しい」 太助の瞳が一瞬揺れたが、容保がその様子に気づくことはなかった。 「………かしこまりました…」 そして今度こそ、太助は容保の部屋を後にした。
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