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照姫とも別れ、ようやく庭に辿り着いた時、一発の銃声が鼓膜を震わせた。
音のした方に足を運ぶと、そこには的に向かい、銃を構える久美の姿があった。
木の的を狙うキリリとした横顔は、彼女の気の強さを物語っている。
「久美!」
銃声にかき消されないように強く名を呼ぶと、彼女はハッとして振り返り、その揺るがない漆黒の瞳をこちらに向けてきた。
美しい京人形のような容姿に加え、隙を突かれた為であろうポケッとした表情に、太助は不覚にも見惚れてしまう。
だが声の主を太助と知るやいなや、彼女はすぐに整った眉をしかめた。
「…何の用だ太助。また私をからかいに来たのか?」
太助はやれやれと首を振る。口を開かなければ可愛いままで済んだものを。
「お前は相変わらず、歳上に対する礼儀がなってないな」
「たったの一歳違いで先輩面するんじゃない。虫酸が走る」
「………」
本当に、どうしてくれようかこの女。
一瞬殺意が芽生いたが、どうにかこうにか落ち着かせる。
(ダメだ。今はコイツの機嫌を損なわせる訳にはいかない)
ここには喧嘩をしに来たのではないのだ。
太助はひとつ深呼吸をすると、彼女に優しく微笑みかけた。顔中の筋肉を働かせて。
「なんだその顔は、気色悪いぞお前。何か悪いものでも食べたか?」
そ・う・く・る・か!!
太助は怒りに笑顔を引きつらせる。
容保のお気に入りである彼に、ここまで失礼な口を叩ける女は、久美を除いて他にいないだろう。
太助は久美にけなされながらも、何とか怒りを抑えつつ話を切り出した。
「久美、聞け。殿からお前に頼みがあるそうだ」
「殿が?」
太助は軽く頷くと、
「そう。お前、白虎隊ってのは聞いたことあるか?」
「いや…ない、けど、隊と聞けば何となく分かる。戦闘軍か何かだろ?」
「ご名答。さすがは照姫様の侍女だけあって頭が切れるな」
「お世辞はいいからさっさと用件を言え」
「ついでに口の悪さも治した方がいい。それじゃあ一生嫁の貰い手がいないな」
「そんなに撃ち殺して欲しいのか?」
「つまり、殿の頼みっていうのは…」
「待てコラ」
「黙って聞け馬鹿。話が先に進めないだろ」
「く…っ」
理不尽だと、彼女は唇を噛み締めた。やはり太助の方が一枚上手らしい。
「明日からお前は、この俺と一緒に白虎隊の講師として働いて貰う。言っとくが、これは殿からの命令だからな」
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