きっかけ

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そして翌日の朝。 太助は、嫌がる久美の首根っこを引っ張って、会津藩校の日新館へと向かった。 「お待ちしておりました、太助様」 彼らを出迎えてくれたのは日新館の講師、杉山栄太郎であった。 「お久しぶりですね、杉山殿。たまには城に遊びに来て下さいって、前に言っていたじゃありませんか」 「い、いや、そんな私ごときが滅相もありません!」 「その敬語も止して欲しいです」 「た、太助様、もう勘弁して下さいよ。貴方は殿の側近なのですから」 頭が上がらないと、杉山は困ったように笑った。 「俺は…そんなに自分が偉いだなんて思ってないんですけどね」 「太助様…」 「いいですよもう。困らせてしまったようで申し訳ないです」 こういう時に虚無感を覚える。殿も俺もひとりの人間だ。過ぎた特別扱いには時々嫌気がさす。 「じゃあ、そろそろ中にお邪魔しても宜しいでしょうか?」 「あ、はい、歓迎いたします」 そう言う杉山の後に続こうとした時、彼が急に立ち止まった為に鼻を打ってしまった。 「ああ!申し訳ありません!」 「いえ…急にどうしたのです?」 「あ、いや…その、お連れの方がついて来てしまっていたので…」 と、久美を見てしどろもどろに言う杉山。 すると太助は、「ああ」と納得した。 「彼女も俺と同じく、この度の講師を務めさせて貰う女性です」 「……久美と申します。銃火器の取り扱いなら得意ですので、少しでもお役に立てれば、とやって来ました」 ニコッと笑って紹介した太助に習い、久美もしぶしぶ挨拶をした。 しかし杉山の表情は強張ったまま優れない。きっと久美が、女であることを気にしているんだろう。 なんせここの生徒達には、女人と口をきくことを禁じている。 その杉山の葛藤を察した太助は、付き加えるように説明した。 「安心して下さい杉山殿、彼女はこう見えても照姫様の侍女。実力は申し分ないですよ」 照姫の名前が出てくると、杉山の目が大きく見開かれた。 それを確認した太助は、トドメと言わんばかりに続ける。 「それに、彼女の派遣も殿直々の命令です。もし文句がお有りでしたら、俺から殿に伝えておきましょう」 「ない!!これっぽっちも有りませぬ!さ、ささ、太助様、久美様、さっそく中へご案内いたします。こちらへどうぞ」 こうして太助達は、冷や汗を流しす杉山に招かれて、日新館の建物の中に足を踏み入れた。
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