きっかけ

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「性格が悪い」 俺の後ろを歩く久美が、突然そんなことを呟いた。 すると太助は、首だけ動かして彼女に振り返り、「失礼な」と小さく言った。 「誰の為に言ってやったと思ってるんだ」 「別に私は頼んでない。追い返されるなら、喜んで城に帰ったさ」 「ちっ、この馬鹿が。それを殿が許す筈ないだろ。いい加減覚悟を決めろ」 もちろん、杉山はすでに席を外しており、少年達の部屋に向かっていた彼らの会話を聞く者は、幸い誰もいなかった。 「ったく、お前は何がそんなに不満なんだ?俺か?」 これで肯定されたらさすがに凹む。しかし久美は、小さく首を横に振った。 「……男…」 「は?」 「男が…怖い…」 それを聞いて、思わず太助は呆気に取られる。 確かに、この先には男の集団が待っている。だがしかし、何を今さらと思った。 「俺も男だろうが」 それともなんだ?俺を男と認識していないのかコイツは。それなら激しい侮辱だ。 「ち、ちが…!その、お、お前はいいんだよ、お前は!」 「はあ?」 ますます持って意味不明だ。いつもの久美に輪をかけて、どんどん訳の分からない女になっていく。 男を怖がる彼女が太助だけは平気というのは、裏を返せば太助だから平気と言っているという事実に、恋愛方面に鈍い彼は最後まで気づかなかった。 このように、お互いに鈍い二人は、いつもすれ違ってばかりでいた。 「だいたい、これから会う奴らは十六かそこらの子供だぞ?意識する方が馬鹿げてる」 「私はまだ十九だ!充分歳が近いだろ!」 「あ」 「“あ”じゃない!とゆうか、お前だってまだ二十歳じゃないか!なんでそんなに余裕なんだよ!」 「そりゃ、経験と精神年齢の差だろ」 サラリと答える太助。そう言われてしまうと何も反論できない。 正しくその通りだからだ。 たった二十歳という年齢で殿の側近を務める彼は、家老相手とも渡り合える頭と、並々ならぬ武術を身に付けている。 そんな彼からしてみれば、歳が近い少年といえど、子供を見るようなものなのだろう。 そう考えた時、久美は決まって気持ちが沈む。本当は自分なんかが釣り合う相手ではないと。 「おい、お前今、余計なこと考えなかったか?」 「…別に」 見透かされたのが悔しくてフイと顔を逸らすと、次の瞬間、太助から強く腕を掴まれた。
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