事件

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「久しぶりだな。」 城に着くと信秀が挨拶をする前に口を開いた。 「相変わらず”うつけ”をしているのだな。」 吉法師は答えず、父を凝視していた。今日は何故か機嫌がいいようだ。 犬千代は、外で待たせておいた。他に供も居ないのだが、平手政秀がいつ来るのか気になった。 きっと、今日古渡城へ来た井出達を見られたら、小言を言われるに相違ない。 父は目を細め言った。 「こちらへ参れ。」 父に促され、二の丸の中庭に行った。 父の背丈に届くくらいの歳になっていた。歩きながら、 「来年は元服じゃのう。」 など、父は気さくに声をかけてくれた。 嬉しかったが、返答する答えを知らなかった。 吉法師は黙って従った。 二の丸の中庭に出ると、弓矢の射撃場があった。 的が三つ並んでいる。 しかし、弓の有効射程より遠くに的はあった。 吉法師は何が始まるのかわからず、きょろきょろしていると、信秀は、 「これへ。」 と家臣に命じた。 家臣は、紫の布に包まれた1メートル位の”何か”を持ってきた。 吉法師はその布が外されると目が釘付けになった。 「これはのぅ、タネガシマというものじゃ。」 「タネガシマ?その鉄の塊みたいなものは?」 「鉄砲という武器だ。弓よりも遠くに飛び、刀や槍よりも威力がある。」 信秀は、家臣たちに鉄砲を撃つ準備をさせた。 丸い小さな玉と一緒に、薬みたいなものを筒の先から入れ、棒で込める。 吉法師は一連の作業をじっと見ていた。 信秀は片肌を脱ぎ庭に降りた。 何故か耳栓をする。 家臣たちが火縄に火をつけ信秀に鉄砲を手渡した。 「吉法師、耳を塞げ。」 耳栓をしている為であろう。普段より大きな声で言われた。 信秀が鉄砲を構えると、近習や家臣たちは一斉に耳を手で塞いだ。 吉法師もそれに従った。 「撃つぞっ!」 信秀は大声で叫び、引き金を引いた。 ダァァァン!!! 近くに雷でも落ちた如く大きな音がした。 吉法師は、石の様に硬くなり動けなくなった。 向こうに立っていた木の的は見事に割れている。 命中したのだろう。
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