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時は天文14年のこと。
尾張の国は花盛り。
ここ、那古野城下はいつものように活気づいていた。
市場は賑わい、子供たちのはしゃぎ声が聞こえるのどかな町…。
戦国の世であることを忘れてしまいそうになるほど。
城から慌てて飛び出てきた白髪頭の老人。
家格も上なのか立派な出で立ちだが、市場の方へ走って行った。
桜の花吹雪の中、まっしぐらに走って行く。
「この忙しいときに!」とか「だからうつけ者と呼ばれるのだ。」とブツブツ独り言を言っている。
老人のなので時折立ち止まってはぜいぜいと喘ぎ、汗を拭い、また走り出す。
この、老人の名は平手政秀といった。
やがて、川原が見えてきた。
河川敷の方で子供たちが遊んではしゃぐ声が聞こえる。
どうやら、相撲をとっているらしく、上半身が裸の者たちが十二三人見えた。
政秀は立ち止まった。そして、汗を拭くではなく目をこすった。
信じられないと言う顔になった。
なんと、川原で上半身裸になって相撲を取っていたのは少年たちではなく少女たちであった。
一人少年が混じっている。少年は年のころなら元服間近、服装は流行の傾奇者(かぶきもの)スタイル。
政秀の顔はみるみる歪み、赤色に変わってゆく。そして、その少年の前にたちはだかると大声で怒鳴った。
「吉法師様、これは如何なありさまですかな!オナゴどもを裸にして相撲に興じるとは!」
少年の名前は吉法師、後の織田信長である。
「じいも見よ。余の嫁選びである。懸賞を付けたのじゃ。優勝者は余の嫁にすると。なかなか、オナゴの相撲というものも風情があって面白いぞ。今日は温い日なので風邪をひく者もおるまいて。」
「吉法師様、だから”うつけ”などと、人に陰口を叩かれるのですぞ。じいは、それを聞く度、悔しゅうて悲しゅうて…。」
と言って、おいおい泣き出した。
少女たちは相撲を止め、吉法師と政秀の周りに集まってきた。
「じい、見よ。幼きものだけを集めてきたのじゃ。まだ、胸も膨らまぬし、毛も生えていないから、親たちが聞いても怒るまい。泣くな、じい!」
「そんな問題ではありませぬ。いい加減、そのような事はお止めになっていただかないと、じいは…じいは…」
政秀がおいおい泣いているので、吉法師は困った顔になった。そして、少女たちに告げた。
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