犬と猿

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古渡城下に入ると、もうとっくに昼下がりになっていた。腹が減ってきた。 吉法師は、露店で食えそうな干し柿を見つけると、店主に銭を投げて取ってこさせ、馬上でむしゃむしゃと食べ始めた。町に入ったので馬を歩かせる。 柿の種を道端に吐き出す。 とても行儀が悪いが、誰も咎めない。みんな若君がうつけなのでそういうことをすると思い、気にしないのだ。 ゆったりとした庶民の暮らす風景が屏風絵のように流れてゆくのを目を細めて見ていた。 すると、前方50メートル先ぐらいの路地の真ん中から騒ぎが聞こえる。 若い5,6人の男たちが一人を囲んでいた。 こういう事は良くあるが、どうも事情は違っていた。 吉法師は、目を見張る。どう見ても囲まれているのは少年だ。 派手なカブキ者のファッションに槍のように長い棒を担いでいる。 男たちはニヤニヤ笑いながらじりじりと間合いを詰めている。少年に対する大人のすることではない。 馬はゆっくりと現場に近づいていった。少年の激高した叫び声が聞こえてくる。 「ちょっとぶつかった位で、俺を袋叩きにするつもりだろうが、そうはいかないぜ。俺は荒子村の前田利昌が四男犬千代なり。男ならお前らも名を名乗れ!」 ニヤニヤ笑いながら、若い男たちは、「ほう、それで?」とか「犬だからよく叫ぶ。」と、犬千代という少年をからかっていた。 一人の若い男が「バーカ。」と言った刹那「ぎゃっ」という悲鳴に変わった。 犬千代がその男の喉元に棒で突きを喰らわしたのだ。 (大した度胸だ。大人相手にひるむところが無い。槍術を習っているのか。筋が良いな。)吉法師は感心した。 残りの男たちは抜刀し、「何をしやがる!」とわめき、飛び掛ろうと殺気立った。 (こいつら、何処のものだ?)と吉法師は思った。城下のものたちではないようだ。 (旅の者たちだろうか?) 犬千代を囲む若い男たちの輪は先ほどより広がっている。犬千代の棒に間合いをとっているのだ。 残る男たちは5人。少しぐらい出来るとは言っても少年には勝てそうではない。 「そこの者たち、やめよ。」 吉法師が馬上から声を掛けると、若い男たちは、 「なんだぁ、お前」 「ガキが偉そうに何を言ってんだ?」 「お前も痛い目にあいたかったら、馬から下りて来い。」
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