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時は平安より遥かに昔。
人外の者達が跳梁跋扈し、人々もそれらを受け入れ共存していた時代…──。
その国で一番美しいとされる碧き泉に、誰もが思わず嘆息を漏らすほど美しい睡蓮の花がひっそりと咲いた。
匂い立つように鮮やかな桃色の花弁を惜しげなく広げ、泉の中央に凛と咲き誇るその睡蓮は、月が輝く夜にのみ美しい乙女へと姿を変えることが出来た。
誰もを魅了する美貌に、しなやかな肢体、絹のように滑らかな長い黒髪のその乙女は、清らかな月明かりを浴び一層美しく見える。
そして全てを仄かに照らし出す満月の夜。
空から舞い降りた一頭の龍が、泉の傍を歩く睡蓮の乙女の姿を見つけた。
黒髪を風に揺らし、口元に微笑みを浮かべて夜空を見上げる睡蓮の乙女に、龍は一瞬にして虜になった。
しかしその姿を睡蓮の乙女の前に晒す事はせず、上空からじっと見守り続けるだけの日々を過ごしていた。
それは「自分の姿を見たら睡蓮の乙女が怯えるかもしれない」という不安故だったが、恐らく龍自身、見守るだけでも満足だったのだろう。
……ところが、やがてそんな日々に終止符が打たれる時が来た。
それは龍が睡蓮の乙女を見付けて暫く経った頃のこと。
睡蓮の乙女は月の光が差し込む夜になっても、その姿を現さなくなっていた。
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