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見る者の目を惹く桃色が少しずつ茶色に侵食され、凛と天を指していた花弁は力無く萎んでいく。
そう。睡蓮はついに終わりの時を迎えたのだ。
その受け入れ難い事実に、龍は咆哮し、暴れ狂った。けれどそんなことをしても、睡蓮はもう元には戻らない…──。
こうして三日三晩暴れた後、龍はその金色の眸に決意の光を宿し、泉の淵に降り立った。
碧い水の上をゆらゆらとたゆたう茶色の睡蓮を、鉤爪で傷付けぬよう慎重に掬い取り、柔らかな草の上にそっと置く。
そして龍が小さく何かを唱えると、睡蓮が一瞬美しい白光を放ち、その光は珠となって龍の手にすっぽりと納まった。
龍はその光珠を手に、枯れてしまった睡蓮を自らの口へ放り込み、丸飲みした。
その後、龍は木々をざわめかせながら勢い良く天に昇ると、何処かへと飛んでいってしまった。
睡蓮の命を宿した光珠をその手に握り締めたまま…──。
……その夜、泉の近くの産屋で難産に苦しんでいたある女性は、薄らぐ意識の中で幻を見たという。
一頭の龍が何処からともなく舞い降りて、光り輝く珠を自分の腹に宿す幻を。しかもその珠が腹に溶け込んだ瞬間、心なしかお産が楽になった、と。
そして龍の加護か、無事産み落とされた女の赤ん坊は病気になることもなくすくすくと成長し、やがては国一番の美女と呼ばれるまでになっていく。
龍がひっそりと残した印を、その背中に宿して…──。
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