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注文をとって戻る途中、僕の頭に浮かぶ「?」マーク。 ゆっくり思い返してみても、彼女がオレンジジュース以外のものを注文している姿自体が想像出来ない。
もちろんイメージみたいなものもあるだろうが、記憶力が余り良くない僕も彼女のことについては別だった。
何かあったんだろうか・・・。
どうして今日はコーラなんだろう。
思わず思索を巡らせてしまう。
でも、よくよく考えれば全然おかしくはない。
むしろオレンジジュースしか頼まない方がおかしいだろう。
ただ単に飽きてしまったという可能性もあるし。
そう思うと、自分がそんなことに疑問を抱いてしまったこと自体、少し馬鹿らしく思えた。
でもコーラを持って近付いた時、真っ赤に充血した彼女の瞳を見つけてしまい、僕は自分の思索が無駄では無かったことに気付いた。
コーラをトレイに載せたままで回れ右をして、慌ててカウンターに戻る。
「マスター!オレンジジュースを一つ、お願いします!」
僕は無我夢中でそう言った。マスターは一瞬きょとんとしていたが、すぐに笑顔でピースする。
「了解」
多少からかうような表情を見せてから、マスターは急ピッチでオレンジを切り始めた。
きっとオレンジジュースは、そのまま彼女の気持ちを表していたんだろう。
明るく、瑞々しくて爽やか。
黄色という色も、楽しい気分を想起させる。
でも、もうオレンジジュースを頼めなくなってしまった。
コーラのように弾けて消え去り、黒くて暗い気持ちだけが彼女を支配しているのだろう。
それに気付いた僕に出来ることは、一つしか思い浮かばなかった。
マスターから受け取ったオレンジジュースをトレイに載せ、慎重にしながらも早足で彼女の元へ急ぐ。
そして「どうぞ」と短く言って、彼女の目の前にオレンジジュースを置いた。
当然だろうが彼女は、
「こんなの頼んでないわよ!」
と激昂した。
僕は真剣な顔で答える。
「これからは、僕があなたにオレンジジュースを飲ませます」
一瞬、何を言われたのか理解するのに時間を要したのかもしれない。
怒りに歪んだ彼女の顔はすぐに呆れた様な表情になり、そして、笑顔に変わった。
その笑顔は、彼女がケータイで話している時にだけ見せる、幼い少女のような笑顔だった。
終
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