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「あの、すみません。大きな音がしたものですから...。大丈夫ですか?」
生気のない三枝子の目を見て、リツが言った。
泣くでもない、怒るでもない三枝子の表情にリツは混乱した。
「はい、大丈夫です。」
「大丈夫です...って。失礼ですけど、旦那様にやられたんですよね?その傷。」
「大丈夫ですから。」
三枝子は結婚指輪のはまった、左手を握りしめながら、リツを見た。
リツはキラリと光る三枝子の薬指を見て、妙に淋しくなった。
―結婚は、呪縛かもしれない。
清の母が言った言葉を思い出し、リツはどうして今その言葉が浮かぶのだろう、と思った。
「あの、うちに来て少し落ち着きません?あっ、娘がいるんですけど、もう寝てるんで..。」
「大丈夫ですから!」
辺りを震わす大きな声に、リツはびっくりした。
「...失礼します。」
右腕にかけたオーバーを羽織りながら、三枝子も階段を降りて行ってしまった。
あっ、鍵。
ドアを見て、リツは思ったが追い掛ける気分にはなれなかった。
待つのも、悪くない。
リツはコートと膝かけ、必要ならばお菓子も持って来ようと思い、一旦自分の家へ戻った。
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