第五話

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  「こうすれば緊張がとれるんです。油断してる時にギュウって」  すごく意地悪なリラクゼーションである。ぶっちゃけ少しイラっとしたぜ。  だがしかし、その効果は本当にあるのかもしれない。少なくとも、さっきまで胸で渦巻いて高ぶっていたネタネタした気分は薄れたように感じる。それよりも今はキモチイイを期待していたのにギュウっとされたことによる肉体的精神的ダメージと、それが終わったことで発生した安心感の方が強い。荒療治ってやつだろうか。  意外でしかない方法で激励してきたハルは、依然と俺の手を握ったまま、いつもの微笑を微かに傾けた。 「怪我はしないで。負けないでください」  ハルが試合に行く時、俺がかけた言葉に、なんか増えてる。  アイツは繋いだ手を解くと他の仲間が観戦する場所へさっさと戻っていってしまった。その姿を見送ってて気付いたのだが、なにやら魔女の奴がニヤニヤした顔付きで首元を扇ぎ、こっちを見てくるわけだ。そして、せせら笑うように視線を横に流すと、ついには舌を出している。なんのマネだよ。  そういうイロイロを挟み、最初よりもずっと脱力した俺はなんとなく自分の首を撫でてから、改めてリングへ昇っていくのだ。 『チーム天誅の四番手は、クロン選手でーす!』  魔導で映像を保存しているからか、俺が配置に着くなりゴーレムガールは形式的な宣伝をしている。  負けないでください……、か。  ハルが以前、彼女が育ってきた風習について教えてくれたことがあった。  相手に伝えたいことがある時は、相手の身体に触れながら伝えるらしい。さっきまで、ハルに握られていた右手をグーにパーと開閉しながら俺はそれを思い出していた。  緊張を和らげるフリしてプレッシャーかけてんじゃん。 「…………」  肺の中の空気が急激に邪魔くさくなった俺は、全部一気に吐き出して、もう一度だけチーム天誅に向けて振り返る。  そして、特にハルを睨みつけて、声を大きく言ってやった。 「まかせろ」  ちっとも自分に似合わないと思われる台詞を吐き出すなり、後は連中の反応も確認せず正面へ顔を戻す。恥ずかしくてよ。  俺って、馬鹿だねぇ。笑っちゃうね。  負けたら負けたでしょうがないって考えも、気持ちのバロメータにのさばっていたが、今のでもう勝つしかなくなった。大言壮語はダサすぎる。  いっそここまで来ると痛快になってきた。  
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