第五話

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 むむむ。  肥満寄りの体型をしたわりに彼は足が速いのである。  一見して、下手に左右へ逃げても俺の走行速度ではほどなく捕まって、キャッチされて、運ばれて、場外へポイ捨てされる結果が目に見えてしまう速さだ。  だが、俺も呪文を唱えおきしていたので、セルゲイが到着する前には魔術も完成する。  俺かて人間。成長もする。セイと出会うまでイジイジしていた半年前に比べて、新しく使えるようになった魔術が少しは増えているのさ。中にはここ数日間で覚えた魔術もある。それはシャムリーロッテという、俺からすれば超一流である魔導師との交流が大きな要因だった。  たとえば、これとか。  “風の踊り子” 「“GlidingDancer”」  術者を地面から少し浮かせ、風に乗っての高速移動を可能する魔術、シャムの十八番だ。  術者のイメージ操作に対する反応が繊細すぎて、バジリスクの数倍制御が難しい術でもある。シャムはこれを、まるで曇天ツバメのように自由自在と繰り広げるが、俺だとせいぜい一方向に真っ直ぐ進むので精一杯。  が、猪突野郎の初撃を回避するにはこれで充分。  奴が目の前まで来た瞬間に、ギュンッ――と、俺は右方向へストレートに滑り出す。  視界が溶ける。肌に風が刺さる。  その速度は自分で体感していても凄いもので、危うくそのままリングの外までぶっ飛んでいく所だった。あぶね。急停止して、場外ギリギリの位置で落ち着く俺。 「ぐぬぅ?」  一瞬にして目の前から得物がいなくなったことで、向こうの背中がクエスチョンマークを浮かばせている。やっぱり頭はあんまりよくなさそうだ。思わず「やーい、こっちだ」と言ってやりたいシチュエーションだが、そんなことをするよりも次の魔術を唱えた方がずっと有意義だろう。  一節目を口にし始めた頃に、ようやくセルゲイがこちらを向いてくる。 「すばしっこい奴めぇ。弱いクセに」  いきなり決め付けやがったなコノ野郎。 「ぐひひ。本当だろ。攻撃が出来ない魔導師なんてただの雑魚だぁ」  そうゆうのをシッタカブリつーんだよ。  俺も殺傷レベルっつーのは初耳だったが、《攻撃魔術》という分類が魔導学のほんの一部にしか過ぎないことは常識として知っている。
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