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世間的に《便利魔術》と呼ばれている系統の方が遥かに多いのだ。そんな中には、いま俺が扱っているグライディングダンサーのように、戦況を有利にしてくる魔術だっていくつもある。
よく考えると、魔術アリというルールでなら、今の俺のレパートリーでも余裕で勝てそうだな。うん。
今回は、ハルとの約束を簡単に果たせそうである。もうアイツとの約束を破るのは御免だ。
さあさあ、悪魔よ、また突っ込んで来なさい。
次で早くも終わらせてやるよ。
「どうせまた飛んで逃げるんだろぉ、臆病者ぉ!」
グヒヒヒ笑いながら、期待に応えてくれたセルゲイは何の捻りもなく突進してきてくれた。ぐひひひ。馬鹿め。飛んで火にいる夏の虫め。
ほぼ勝利を確信している俺はうっすらニヤけながら、相手のタックルを迎合する。
その瞬間――
『狙いはわかりますが、』
シャムリーロッテの声? 魔女の声が、すぐ近くで聞こえたような気がした。
しかし、俺にはリアクションをしている寸暇が存在しない。セルゲイは、もうすぐそこまで迫っているのだ。
計画通りに、俺は奴へと手を翳し、唱えてあった呪文を解放する……
その決断しか頭の中には存在していなかった。
“眠れ!”
「“hypnotic”!」
催眠魔術。強制的に対象を眠りに落とさせる呪術である。
俺のてのひらから薄紅色をしたモヤが発生し、それが至近距離に入っていたセルゲイの顔面に直撃した。
「ふぬ?」
視界を覆うモヤに奴は煙たそうな顔を浮かべて突進を止める。
本来ならばそのまま昏倒するはずだったんだが、
「なんだこりゃ?」
しかし、馬鹿にしたように笑ったのだ。
…………あっれぇ?
おかしいな。想定外の反応をされてしまったではないか。
またも、シャムリーロッテの声が頭の中に響く。
『その術、激運動中の相手には効果が薄いって知らないんですの?』
「そうなの?」と俺が自分自身に返事した瞬間。
「ぐひひぃ! お前、何がしたいんだ?」
セルゲイに胸倉を思い切り掴まれてしまった。
……とりあえず言っておくと俺としてはこの競技中、最も絶望的だと思われる事態が筋肉バカに捕まってしまうことだったので、要するに今現在は最悪の状況に陥ったことになる。
絶望した。
「吹っ飛びなぁ! 貧弱魔導師ぃ!」
ああ、いや。
そう絶望するほどでもないか。
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