第五話

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   その後どうなったのかと言うと、俺は平均的な体格をした成人男性だというのに、セルゲイによってわりと付近にあった場外へと片腕で投げられてしまったのである。それはもう、よく飛んだ。アホさ加減ばかりが先行して目立ちまくっていた98傑集でも、どうやらその筋肉は飾りではなかったようだ。このまま放射線を描き続けると場外の地面に激突して負ける上にすごく痛いことになるだろう。  かくて、人力飛行中の俺であったのだが、そこまで悲観的にはなっていない。  放り投げられたのが良かった。先ほどの発言に補足を加えると、リングの外に運ばれて地面に叩きつけられることこそ、最悪の結果だったのだ。  と言うのも、地表部から離れているとは言え、グライディングダンサーの効果を発揮できている手応えがあったから。 「えいや」 「なんとぉ!?」  風を纏った俺はどうにかこうにか空中で身体を捻り、無理矢理に軌道修正して、リングの最果てあたりに吸い付いた。その格好は良く言えば猫、悪く言えば蛙のごとく。 『おおっとぉ! 一瞬は勝負が決したかに思えましたが、クロン選手、見事にリングアウトを回避しましたぁー!』  いやあ、実を言うとドッキドキ。本気で焦ったね。 「ぐひぃ。しぶとい奴だなぁッ。雑魚らしく負けろよぉ!」 「やなこった」  相手の要望を拒否するなり俺はグライディングダンサーで今度こそ目一杯に距離を置く。  これで再度、作戦を練り直さなければならなくなった。  すると、 『あら、風乗りの方はなかなか器用に使えてますのね』 「……さっきからなんでアンタの声が聞こえるわけ?」 『貴方が嵌めてる代行ライセンスからですの。師匠級は弟子級に指示を与える役目がありますから。ともかく、もう少し特性を把握している術でどうにかなさいな。魔術は万能にあらず。忘れないよーに』  マジで師匠みたいだな。そのうちライセンスが欲しくなったら相談しようと思う。年下の女子が師匠っつうのも男心としては複雑な心境だが。  まあ、オトコゴコロよりも、今は試合に専念した方が良さそうなのかな。 『助言してさしあげましょうか?』  正直に言えばほしいが――  短い瞬間だけ考えて、俺はすぐに返事を決めていた。  優柔不断だから、やっぱりどうにもオトコゴコロも大事にしたかったらしい。 「いいや、いらねーや。せっかくだけど」  
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