20668人が本棚に入れています
本棚に追加
頭の片隅から、クスっと聞こえてくる。
『そっちの方が私好みなのです。ハルさんに良いとこ見せてあげないと』
バレバレなんすね。
まかせろ、なんて大見得きってしまった手前、ここで他力本願ってのも情けなくてしかたがねーのだ。まあ、シャムリーロッテのことだから今も内密に通信してくれてるのだろうし、ハルにバラすこともないだろうが。そこは気持ちの問題である。
この場合、自分の力だけで勝った方が気持ち良さそうだったから。
『ファイト、なのです。私も、まあ、ちょっとだけ期待してますから』
戯れるような声色が伝えてきた、それきり、声が聞こえてくる気配は失われる。
俺は一度、リングの外へと振り返った。
セイがコブシを挙げつつ先ほどから「攻め気だぞ」「気持ちで負けてはいかん」と思っくそ精神論的なエールを聞かせてくるのは、ちゃんと聞いていたさ。アイツの声は和むっつうか、言っちまうと俺にとっての癒し役なのである。
セイの横に立つのは、ハールムゥト。彼女は声援を上げず、ただ立って試合を見据えているようだった。
それもそれで、俺は安心してしまうのだ。
「おまえぇ」
少し先からセルゲイの声が聞こえてきたので、余所見をしていた俺は目を向ける。
相手は、風を纏っている俺を煩わしいと思っているのか、一旦は突進を止めてジロジロと見てきた。
「ずっと逃げてるつもりかぁ?」
答えない。
もちろん、逃げてばっかじゃ勝てないし、それで三十分以上もタイムロスしてしまったら負けた方がマシという結果になるため、逃げ続けるつもりはない。
「ぐひぃ。魔導師なんてひ弱な奴ばっかりだからなぁ。小細工ばっかり使っても、オイラを負かすのは無理だぁ」
答えない。
まあ、一理はある。相手へ直接的に物理効果を与える術は攻撃魔術に分類されてしまうだろうし、下手をしたら殺傷リストとかいうやつに引っかかって失格処分だ。
結局のところ俺は自分の力でアイツを場外に突き落とさなければならないのである。
相手の声に返答拒否を続けていた無愛想な俺は、ある瞬間に呪文を解き放つ。
“存在否定”
「“Deny”」
濃度か、トーンか、マナなのか、俺を取り巻いた空気が言霊に応じて雰囲気を一変させる。
外側から見ればあまりにも異様な変化。セルゲイが声を漏らす。
「なんっ、だぁ?」
最初のコメントを投稿しよう!