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その夜更けのこと。 漆黒の着流しに身を包んだ一人の少女が屋根に腰掛けていた。 長い髪を結いもせずに風に流すその姿は、どこか儚げで、そのまま黒い風になって消えてしまいそうにも見えた。 小さく口ずさんでいるのは何の歌なのか、その歌も二人組の武士を見つけると止まった。 二人組の武士は島原で飲んだ帰りらしく、赤い顔をしている。 「ねえ」 少女は屋根から声を上げた。 振り返った二人組の目が、屋根の上の少女を捉えて怪訝そうに細められた。 よく通る声で少女は続けた。 「隠れん坊しようよ」 「なんや…頭おかしいんか」 夜の京に女―――女でなくとも、一人歩きは御法度。 年頃の娘が髪も結わずに行儀悪く屋根にあがっている姿はあまりに奇異だった。 「遊ぼうよ」 男の言葉には答えず、 少女は笑ってそう叫ぶ。 男達はそこで初めて背筋に寒いものを感じた。
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