芹沢と鴉

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キセルの匂い。 それに、 うっすら混じる汗の匂い。 うつ伏せになったまま布団の中で目を覚ますと、大きな背中がキセルを蒸かしていた。 もぞもぞ動いていると、 その背中が振り返る。 「なんだ、起きたのか」 そう言って、麟の髪を指ですいた。その目がいつになく優しくて心地悪い。 抱く時はむちゃくちゃするくせに、と心の中で毒づいて身を起こす。 外気に触れた肩がふるっと震えた。と、ふわっと肩に羽織をかけられる。 「随分優しいんだね」 「まぁ、な。で、あの安っぽい京弁はどうした」 「どうせ気づいてるんでしょ」 寒さに、かけられた羽織に身をうずめた。 「お前ェ、名は」 「麟」 「違ぇよ。本名」 「言ったら捕まえるの?」 見上げると、 芹沢はふっと笑った。 「馬鹿か」 「…コウ」 「コウ?」 頷く。 「名前。口って書いて、コウ」 ほー、と興味の薄そうな返事。 そのままキセルの煙を吐いた。 「良い名だな」 麟、もとい口は、驚いたように固まった。 「何たまげてやがる、失礼な奴だな」 「人褒めるようには見えない」 芹沢は吹き出した。 「昼間会った時にゃあ仔猫みてえにビクビクしてたのに、すげえ変わりようだな」 確かに。 言われてみれば、芹沢に対する恐怖畏怖といった感情はなくなっていた。 口も笑った。 「人褒めるように見えないけど寒がってる女に羽織かけてくれるから」 「てめえの人を判断する基準がわかんねえよ」 芹沢が大きな声で笑った。
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