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「鴉の事…」
そう口に出したら、芹沢の目つきがいつもの鋭いものに戻ってしまった。
「なんで知ってるの」
「見てたからだよ」
「………」
「お前が初めて人斬った夜を」
芹沢は小さく息を吐いた。
「あれァ、酔い醒ましに歩いてた夜だった。月の綺麗な晩だったからよ、道も明るくてなァ」
口は、ただ黙ってうつ向く。
「なのにそんな綺麗な夜に、不釣り合いな断末魔が聞こえてきやがった。まあ人が豆腐みてえに斬られる時代だからよォ、いつもなら気にしねえんだが、その日はなんか興味がでてな」
豆腐、という例えが禿を思い起こさせた。
「見たら血濡れの刀握ってんのは小娘じゃねえか。ありゃ、たまげたぜ」
なのにな、と芹沢は言葉を繋げた。
「その娘、泣いてやがるんだ」
びくっと口の肩が揺れた。
自分で殺したのに。
自分の意思で、
殺したはずなのに。
「なのに泣いてんだ、そいつ。鴉になりたいって呟きながら、泣いてんだよ」
唐突に、
口の手が芹沢の着物を掴んだ。
驚いて振り返った芹沢の胸に頭をうずめる。
その肩が小刻みに震えていることに気づくと、芹沢は口をふわりと抱き締めてやった。
「そいつ、今も泣いてるみたいだなァ」
そう言って、頭を撫でながら。
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