芹沢と鴉

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「麟姐、どないしはったんです?そないに外ばっかり見て」 時は過ぎ―――夏。 日差しは日増しに強まり、うだるような暑さが続いていた。 着物の合わせを緩めて風を求める麟の鎖骨は汗ばんでいる。 「んー…」 「麟姐ってば!」 そこでようやく麟が振り返る。 「雪ー、芹沢はんなぁ、好いとうお人ができたんやって」 チャリンッと音をたてて、 禿が片付けようとしていたかんざしを落とした。 「ね、姐はん、まさか」 わなわなと禿が震えだした。 「まさかあの人のこと好」 「いや、ありえへんから」 即座に否定され、 禿がぐっと詰まる。 「そういうんとちゃう。ただなぁ…」 ふっと禿に笑って見せる。 自嘲の混じった笑み。 「なんや…急に遠うなってしもうた気がしてなぁ」 ――――。 それは昨日の晩のこと。 「好いてる女がいる」 いつものようにキセルを蒸かして、いつものように羽織をかけてくれた。 だから突然のその言葉に、上手く驚くことも出来なかった。 仕方がないから瞬きを繰り返していると、芹沢が振り返る。 「もうおめえを抱かずに済む」 何それ。何なの。 あてつけ? いじわる? ひにく? それとも、 (優しさ?) 口はふるふると力無く首を振った。喉が変になる。言いたいことがありすぎて声にならない。 芹沢なら構わなかったのに。 だって彼は唯一の理解者で。捕らえる立場の自分を、見逃しておいた当人で。 芹沢はそんな口から視線をはずし、またキセルを口元に運ぶ。 「梅っつーんだ、その女。おめえとそっくり」 そう。 血の匂いがすると言われたその日から、 いつも敵わないんだ、 この人には。
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