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そんなこんなで。
今日は何をするにも身が入らないのだ。
だからといって別段恋人だったわけでもなく、友人、というのはもっと違う。かと言って敵味方でもない。
それでも確かに、遊女と客という関係以上の何かがあった。
少なくとも麟にとっては。
ちりん…と風鈴が鳴った。
(そういえば…)
何気なく刀がしまってある押し入れを見やる。
(もう随分斬ってない)
―――血の匂いがする。
そう言い当てられた時の恐怖。
今でも思い出すと指が震える。
人の気配には敏いほうだと思っていたのに、見られていたことに気付かなかった。
世の中には麟の感覚や力を遥かに凌駕する者がいるのだと…侮っていたわけではなかったが実感として初めて…知った。
それとは別に、芹沢と話すことで斬りたい衝動が薄れていた事も事実。
何はともあれ、つまりは芹沢のおかげで山崎に見つからずに済んでいるのだが。
それにしても。
(梅って誰よ)
チッと舌打ちをすると、
禿が脅えた目で麟を見た。
(なんか取られた気分)
あーもう、と唸って畳をバンっと叩くと、禿がまたビクっと跳ねた。
麟はくるっと首を回して禿を見ると意地悪く笑った。
「で、あんたの愛しの藤堂さんはどうなんよ」
案の定、禿はかあっと耳まで赤くなる。
ぼんっと音を立てて頭から湯気でも出しそうだ。
「な、何言うて…!」
「うち、ちゃあんと知っとるんよ?雪が平ちゃんの事ばっか見とるんも、お酒運んできて平ちゃんにお礼言われるとはにかむんも、それから…」
「も、もうええ!麟姐、もうええって!」
必死に麟の口を塞ごうとする禿に、麟は先程までの苛つきも忘れて声を上げて笑った。
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