芹沢と鴉

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「女子がこんな所に何の用や」 刃物が首に押し当てられる。冷たい刃の感触に、体が凍りついた。 「なんとか言えや。密偵か?暗殺か?」 ぐっと刃物を持つ手に力が込められたのを感じて、喉から声を絞りだした。 「見、てみよ…と」 「何を」 ドンドンドンっとその瞬間に算段が出来あがった。 「噂の浪士組ちゅうんが…どんなもんなんかて…見てみよう思たんです」 だから…と消え入りそうな声を出す。 「後生やから堪忍してぇな…殺さんといて…?」 哀れっぽい声を出して振り向いた。 (忍装束…) これが噂に聞く、忍。 実在したことにまず驚いた。 「気になったもんは自分の目で見んと納得できへんくて…」 脅えた目線を送る。 生命の危機だというのに、 即席の打算で乗りきろうとしている自分にも驚いた。 対する男も、何かしらの理由なくしては町人を手にかけることなど出来ない。しかも見る限り麟は丸腰である。 チッと一つ舌打ちして、刃物を懐にしまった。 「女があまりこの辺りをうろつくもんやないぞ」 「気ぃつけます」 ほな、と踵を返す。 が。 不運はこれだけでは終わらなかった。 「おめえらうるせえよ」 塀の上から聞き慣れた声が降ってきたのだ。 もう一度言う。 塀の上から。 「さっきっからピーチクパーチク…丸聞こえなんだよ」 呆れたように芹沢は言った。 塀の上から。 もっと厳密に言うと、 塀の上であぐらをかきながら。 二人がぼけっと突っ立っていると、芹沢が声を荒げた。 「何呆けてやがる!二人とも中入れ」 なんでうちまで、という抗議は華麗に無視された。
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