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「なんで最初っから局長の知り合いや言わへんかったんや」
麟と男の二人がのろのろと屯所の門へ向かう途中、ぶすっとした顔で男が言った。
「刃物つきつけといてよう言うわ。あん状況でそんなん言うたら、あんた斬りかかってきそうやったやんか」
男は答えずに舌打ちをして、
足元の砂を蹴飛ばした。
「てめえら、何チンタラしてんだ!早く来い」
門前に出てきた芹沢が叫んだのを見て、男と麟は共に深く溜め息をついた。
「で、何があった。山崎」
芹沢の部屋と思われる場所に通された。まさかこんな事になるとは予想もしておらず、麟は落ち着かない様子で正座した足をもぞもぞと動かした。
麟の隣にこれまた正座している男のほうも、先程からうつ向いたり指先をいじったりといった事ばかりしている。どうやら山崎と言うようだ。
「見かけん女が塀よじ登ってはったんで、密偵か何かかと思うて…」
「麟、おめえは?」
芹沢が麟を見る。
口でなく麟、と呼ばれた事に、戸惑った。
「うちは…」
そこで詰まってしまった。
梅を見にきたと言ったらまるで嫉妬に駆られた女のようだし、かと言って芹沢に会いに来た、と言うのも悔しい。
しばらく沈黙が続いたので、
芹沢はまあいい、とそこで打ち切った。
「山崎、おめえはもう下がれ」
山崎が心なしかホッとした様子で一礼し、部屋を出ていく。麟もそれに続こうとしたが、芹沢によってその腕が掴まれてしまった。
「なに」
「見にきたんだろ」
何をとは言わなかったが、口にはわかった。
口は少し考え、頷いた。
「うん」
「入っていいぞ、梅」
「待ちくたびれたわぁ」
廊下から現れたのは、うっとりするような美人だった。
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